Mio SawachiOfficial Website

MENU

PROFILE

名前:
さわち 美欧(さわち みお:Mio Sawachi)
出身:
大阪府
身長:
170cm
誕生日:
7月30日
学歴:
明治大学文学部フランス文学専攻卒業
特技:
タップダンス
趣味:
箸置きの収集、寿司をつくること
好きなアーティスト:
エディット・ピアフ、セルジュ・ゲンスブール、美空ひばり、マルグリット・デュラス(作家)
誕生:
7月30日、大阪府大阪市北区に生まれる。
幼少期:
母親が好きだった美空ひばりのレコードを聴きながら一緒に唄う少女であった一方、宝塚歌劇にも親しみ、シャンソンを耳にする機会を得る。5歳からはクラシックバレエを習う。
10代:
中学生~高校生時代はタップダンススクールに通い、高校卒業後はミュージカルスクールに学ぶ。
1991年:
準ミスユニバース日本代表に選ばれる。
1994年:
大阪のライブハウスでシャンソン歌手として活動を開始する。
1997年:
上京、6月「いつか泣きやんだ日に」でポニーキャニオンからCDデビュー。これまでにシングル6枚を発表。
2001年6月:
1stアルバム「C’est L’amour セ・ラムール -愛のエピキュリアン-」発表。これまでにアルバム5枚を発表。
2002年:
パリの音楽祭「フェット・ド・ラ・ミュージック」に日本人歌手として初参加。現地で好評を博す。
2004年:
明治大学文学部フランス文学専攻学科に入学、2007年卒業。
2009年:
この年より「希望郷いわて文化大使」を務める。
2010年:
パリのトロワ・ボデ劇場で開催された「KAKEHASHI フランコ・ジャポネ シャンソンコンサート」に出演。また日本で自身のコンサート「Mio’s ChansoNight ミオズ シャンソナイト」シリーズをスタートする。
2014年:
東北の女性を応援するCD「東北ジェンヌ~だって恋してる~」限定発売する。
2016年11月28日:
立川志らく師匠から高座名「みちのく亭 志ャンソン」を命名。

さわち美欧をもっと知りたい

― 幼い頃は美空ひばりさんを聴いていたんですね。シャンソン歌手の今のさわちさんからは想像できない生い立ちです。
さわち美欧 母の影響ですが、そういえば子供の頃、梅田コマ劇場にひばりさんの公演を聴きに行ったときに花束を渡したことがあります。ひばりさんがすごく喜んでくださったのを今でも覚えています。
― 貴重な経験ですね。そんなさわちさんですが、小・中学校はタップダンス教室に通っていたとか。
さわち美欧 踊ることが好きで、最初はクラシックバレエを習ったんです。でも小学生の時点で背が高すぎるということでバレリーナになる夢は断念。中・高ではタップダンスのスクールに通っていました。恐ろしいことに、当時上映された『タップ』という映画の試写会の前に、同じ教室の子と二人でタップを踏みました。若いときは怖いもの知らず、10代だからそんな大胆なことができたんですね。
― そして高校を出てからはミュージカルスクールに通い始めるんですね。
さわち美欧 当時、宝塚音楽学校の男女共学版みたいなスクールが大阪で開校して、その第1期生でした。歌も踊りも芝居も勉強するスクールでしたが、その頃の私は踊りの方が好きでしたね。
― その頃ですか、ミスユニバースに応募したのは?
さわち美欧 はい。応募した理由の一つは、ミュージカルの世界で活躍するきっかけをつかみたかったからです。お陰さまで準ミス ユニバース日本代表に選んでいただき、その希望が叶えられるかなと思いましたが、残念なことにその希望は叶えられませんでした。
― 今までの経歴を聞いていると、シャンソンとの出会いがありませんね。
さわち美欧 関西というと宝塚歌劇が身近ですから、子供の頃からシャンソンには親しんでいたと思います。でも、私がシャンソン歌手を志した大きなきっかけは、エディット・ピアフの歌との出会いです。何気なく買った彼女のCDを聴き、その魂の歌声に魅了されました。彼女の歌で私の何かが変わりました。大袈裟に言うとお告げがあったような感じです。その頃、私は将来のことで悩んでいる時期でもありましたから、そんな時にピアフの歌を聴き、この人、何で私のことがこんなに分かるんだろうと思ったんです。
― 感銘を受けた曲は?
さわち美欧 『パダム・パダム』です。
― それからすぐシャンソン歌手に?
さわち美欧 今から23年ほど前ですが、大阪のライブレストランで、新しい世代のシャンソン歌手によるライブを行う“ラセーヌ・シャンソンメイト”というオーディションがあり、それに合格したのがシャンソン歌手の第1歩です。そのオーディションには著名な訳詩家の永田文夫先生が審査員としておられ、のちに先生の勧めもあって、東京の吉祥寺にあったラ・ベル・エポックというお店でも歌わせていただくことになりました。その頃はまだ大阪に住んでいましたから、月に1回新幹線で通っていたんです。
― ここでの活動がCDデビューの切っかけですか。
さわち美欧 そうですね。1997年 6月に『いつか泣きやんだ日に』でポニーキャニオンさんからデビューしました。荒木とよひさ先生作詞、三木たかし先生の作曲でした。
― 荒木、三木両先生といえば、テレサ・テンさんのヒット曲をたくさん生んだコンビですね。
さわち美欧 はい。お二人に書いていただいた曲は、歌謡曲でした。
― アルバムではシャンソンを歌われていたんですよね?
さわち美欧 1stアルバムはオリジナル曲のみ。2ndアルバムの『Mon Rêve モン・レーヴ ~私の夢』は、ニューヨークでレコーディングしました。このアルバムはシャンソンをジャズアレンジしたもので、ベースのロン・カーターさんなどに参加していただき、ほかのミュージシャンもフランス人のジャズ・プレーヤーを起用しました。このアルバムの中で1曲だけ日本の歌を収録しましたが、それは尾崎豊さんの名曲『I LOVE YOU』でした。この曲をニューヨークのミュージシャンがアレンジし、フランス語で歌いました。当時、この歌はご遺族からはなかなか許可をいただけない歌だったようですが、幸運にもレコーディングすることができたんです。
― ジャズアレンジをしたシャンソンとは、興味深いコンセプトです。
さわち美欧 ありがとうございます。その次に発表した『IL PLEUT SUR LA ROUTE 小雨 降る径』は、ニューヨークと日本でレコーディングしました。このアルバムも、ジャズの名曲をフランス語で歌う作品があり、『おいしい水』や『縁は異なもの』をレコーディングしました。また日本では岸洋子さんの『希望』や『酔いしれて』や映画の主題歌だった『夜のタンゴ』などをジャズアレンジで収録しました。
― 趣向を凝らしたアルバムを発表してきましたね。2012年に発表したミニアルバム『しあわせのうた』では、さわちさん自身が作詞した曲も収録されていますね。
さわち美欧 『しあわせのうた』と『銀河の夜に』を作詞しました。『銀河の夜に』は以前岩手をイメージして書いたものですが、2011年に東日本大震災があり再レコーディングしました。
― ニューシングル『戸惑い』のカップリング曲 『人生のつづき』の作詞もさわちさんですね。作詞する時に心掛けていることは?
さわち美欧 人生肯定曲とでもいいますか、良いことがあっても、悪いことがあっても「これが人生だ」という心の在り方ですね。フランス語ではセ・ラビィと言いますが、「人生はこんなものよ」と、元気を出してもらいたいという意味を込めて書いています。
― フランス語を本格的に学んだのは、明治大学でフランス文学を専攻されてからですか。
さわち美欧 はい。シャンソン歌手になってからなんです。
― シャンソンを歌うことによってフランスのことを深く学びたくなったんですね。
さわち美欧 そうなんです。予備校に通い大学受験しました。30代で大学に入学。18、19歳の若い子たちに混じって、体育の授業も受けたりしたんですよ。(笑) フランス文学専攻でした。
― フランス文学で強く関心をもった作家はいますか。
さわち美欧 マルグリット・デュラスという作家で、エディット・ピアフとの共通点を見つけて、また違った角度から彼女に関心をもちました。彼女は「インディア・ソング」という難解な映画も作っていて、それに私ハマってしまったんです。台詞がほとんどない映画で、全編に音楽が流れていました。映画を観たあとも、その音楽がずっと私の頭の中に流れていましたね。卒論の3分の1を、その映画について書きましたから、本当に傾倒していたんです。後に“ピアフとデュラス”という鼎談形式で進めていくコンサートにも取り組みました。いつか明大ホールでも開催したいですね。
― そうした“重い作品”に傾倒したさわちさんですが、落語とも縁があり、話芸にも関心があるようですね。
さわち美欧 ライブで“シャンソン風落語”に挑戦させていただきました。そのきっかけを作ってくださったのが、立川志らく師匠です。私、岩手県をキー局にしたFMラジオ番組『さわち美欧コーク・サウンドシャッフル』のパーソナリティをデビューの年から18年間務めさせていただいていましたが、その御縁で2009年から“希望郷いわて文化大使”に任命されました。志らく師匠も岩手で他局番組を長年担当されていました。同じ大使をされていて、そのつながりから私のライブを演出してくださることになり、そこで“シャンソン風落語”を披露することになりました。
― “シャンソン風落語”って、どんな感じの落語ですか。
さわち美欧 私がライブで初披露したのは、『芝浜』という人情噺ですが、それを語りながら、バックにシャンソンの演奏を流すという趣向です。語り口は、落語口調ではなくシャンソン風にしたのが特徴です。
― その落語はご自身がパーソナリティを務めるラジオでも語られたんですよね。
さわち美欧 はい。志らく師匠が3分ほどの話にまとめてくださって、『目黒のさんま』など12の演目を披露させていただきました。
― シャンソンと落語、世界でもさわちさんしかできない異色のエンタテイメントだと思います。
志らく師匠から「みちのく亭志ャンソン」という高座名をいただくなんて、粋なシャンソン歌手です。さわちさんは30代で大学に入学したり、落語を語ったりと、意外性がありますね。プライベートでは箸置き収集が趣味だと聞きました。さわち美欧 地方へ行った時など、可愛いものを見つけたら必ず2つずつ買っています。その土地の思い出にもなりますし、食卓が楽しくなりますからね。
― 最近では、寿司職人を養成する学校に通ったとか?
さわち美欧 もともと母方の実家がお寿司屋さんなんです。母も握れますが、私も将来はお寿司を握れるようになりたいと思っていましたので、2年ほど前に学校に通いました。お陰さまでお魚を上手にさばくこともできるようになりましたので、築地に行ってお魚を買う習慣ができました。成績もけっこうがんばった方だと思います。そんな学校を出たものですから、時折寿司屋の求人が学校から来るんですよ(笑)
― シャンソンを歌い、落語も語り、寿司を握れる歌手はなかなかいません。
さて、今年はデビュー20周年を迎え、6月28日には新曲『戸惑い』が発売されました。これは昨年発売した『泣きながらI love you』に続く“さわち流歌謡曲!”の第2弾ですね。 さわち美欧 昔の恋人を偶然町で見かけ、まだ彼を愛している自分に戸惑うという内容の作品です。メロディーが爽やかで、歌うほどに好きになる曲、今までの私の歌にはないタイプの作品です。新曲の発売と20周年を記念して9月19日、東京の南青山MANDALAでライブを行います。シャンソンと“さわち流歌謡曲”を是非聴きに来てください。

(2017年夏 インタビュー)